日が落ちて、辺りに夜のとばりがおり始めると、真鶴半島の海の眺めは美しく、対岸の海辺に浮かぶ家々の灯りが、星の煌めきのように波間に揺れる。久しぶりに訪れた「鮨オーベルジュ」は、そこら中に漂う潮の香りをかき集め、どこか新しい古民家の静かな佇まいで迎えてくれた。窓から漏れる温かな灯りは、庭木にぼんやりと影を落とし、庭先まで響く先客の笑い声に秋の虫の音が重なり心地よい。今日出会う人々、未知の料理を想い、期待と少しばかりの緊張が入り混じり、鼓動の高まりとともに引き戸を引いた…。
今年も9月下旬に、予約が取れない真鶴の名店「伊藤家のつぼ」で、美味しいお鮨を食べてきました。
(昨年の記事はこちら)
生まれ変わった古民家の風格で、鮨への期待が高まる。
内観の落ち着いた雰囲気に癒される。
温かみのある一枚板のカウンター。木のうねりに合わせてダウンライトが設置してあり、料理を美味しく見せる工夫が伺える。
先付
カボチャのスープは温かく、食道から胃を優しく温めてくれる。僅かに残る個体のざらつきを舌に感じ、心地よい。
鯛の昆布〆とタコを和えた一品は、素材のうま味を十分に感じ、優しい味わい。
お造り
脂が乗った旬のカンパチと、藁で炙った本マグロ大トロ。秋の訪れを感じるモミジが添えてある。
モミジを外すと、大トロの焼き目が美しく、藁と脂の香ばしい香りが食欲をそそる。カンパチの味は濃厚。大トロの上品な味わいとあっさりした脂のうま味に、藁焼きの香ばしさが加わる。口の中で溶けていく個体の食感が堪らなく美味しい。
八寸
枯れた葉っぱにタコ・サツマイモ・ゆでピーナッツが添えられ、秋を感じることができる演出。タコは本来の味を十分に感じるシンプルな味付けが粋。茹でたピーナッツの柔らかな食感が新鮮。ススキの向こうに見えるさつまいもは、月をイメージしたカット。秋の虫の音が聞こえてくるような盛りつけ。
ここから時計回りに料理を見ていくと、
中秋の名月をイメージしたという金の器がゴージャスで、クロムツの焼き物は、タレに漬けこまれた山椒のアクセントで奥深い。鮮やかな焼き目が香ばしく、リッチな脂とフワフワの食感が堪らない。
柿のソテーは、酒の肴のような塩味と胡椒のアクセント。弾力豊かな真丈の中には、色鮮やかな緑の銀杏がふんだんに使われ、断面の美しさと食感が楽しめる。
ホッとするようなシンプルな味わいの秋ナスと、赤身の生ハム仕立てでくるまれたイチジク。生ハムのようなモチモチ食感のマグロは、イチジクのさっぱりした甘味と相性がよく絶品。
グラスに盛りつけられた一品は、イナダと大将が手でちぎったシイタケを梅肉で和えたもの。イナダの歯ごたえは柔らかく、シイタケの香りと、酸味を抑えた梅の風味が上品。
八寸を味わいながら、目の前で次々とさばかれるネタに期待が膨らむ。
鮨
一貫目は「チダイ」
肉厚で柔らかく、透き通るような甘味。
二貫目「ウスラハギの昆布〆」
魚のうま味が昆布のグルタミン酸と融合し上品な甘さ。コリっとした歯ごたえが堪らない。
三貫目「アジの酢〆 大徳寺納豆添え」
マイルドな酸味と魚本来の味に、大徳寺納豆の赤味噌のような濃厚風味と塩味が重なり、普段のアジとは一味違う新鮮な出会い。
四貫目「イナダの辛味」
肉厚の魚体で、サッパリとした脂と魚本来の味のバランスが絶妙。抑えた辛味で味わいが深まる。
五貫目「ヘダイの昆布〆」
コクがあり深い甘味。コースの魚の甘味がより深まりを増す。
六貫目「アカハタ」
塩が添えてあり、口に含むと柚子の爽やかな風味が口中に広がる。肉厚でねっとりとしていて食べ応え抜群。
ここでモズクの入った温かいあら汁の提供。工芸品のような木の器も趣があり、手触りがいい。あら汁は、魚介の複雑な味わいで風味豊か。モズクの粘りとほのかな磯の香でうま味が強まる。温かな一品で口の中がホッと一息。
七貫目「メイチダイ昆布〆」
非常に美味。
マイルドでねっとりとした舌触り、コクがありうま味が強い。
メイチダイは、「目を縦に貫く一筋の模様が入っている」、と大将が教えてくれた。
だし巻き卵の登場。
スタッフさんが奥の厨房から運んでくると、10人分の大きな卵の塊が、器の上でプルプルと揺れ、甘味を帯びた出汁の香りが湯気とともに周囲を満たした。包丁が入った卵の切り口からは、半熟の個体がトロリと覗き、食欲を刺激する。
八貫目「本マグロ大トロ」
今回提供された魚で、唯一、真鶴の水揚げではない魚。サラリとした脂の甘味と本マグロの上品なうま味が混ざり合い、美味しい。
卵は、多角的な出汁の味と甘味が融合し、奥深く、温かい一品で口の中が心地よい。
九貫目「コハダ」
コハダ本来の味わいをよく感じ、スダチの酸味ですっきりと美味しい。
十貫目「ソウダガツオ 青唐醤油添え」
辛い!
口に含んでしばらくすると、唐辛子の辛味がジワジワやってきて、そのまま持続する。本日のコース中、かなりインパクトのある一貫。しかし、ソウダガツオの綺麗な赤身の味わいが引き立ち、皮を炙った香ばしさと相まって絶品。
十一貫目「アオリイカ」
最後はイカの大様と言われるアオリイカ。ネットリ濃厚な甘みとうま味。ソウダガツオの辛味の後だけあって、甘味が際立ち美味しい。
この日は、コースの後にマグロの大トロを使ったネギトロやトロタクが注文できました。大将が大トロを包丁で叩いて丁寧に巻き、サクッと切り分け提供。日本酒を追加しゆっくりと楽しみました。
お支払いは現金とクレジットカードが使えます。
まとめ
東京・横浜から日帰りで訪れることができる隠れ家のような鮨オーベルジュ「伊藤家のつぼ」。都会の喧騒を離れ、美しい海の眺めと古民家の温もりで気持ちに落ち着きを取り戻し、整然とした厨房の景色は五感を研ぎ澄ましてくれる。店主が厳選した、ここでしか手にできない新鮮な魚介は、その技によって最高の状態に仕上げられ、鮮やかな彩と多彩な味わいで客をもてなす。地酒を合わせてもいいし、ワインと楽しむのも面白い。随所に秋を感じる工夫が施され、上品で美しく、そして何より美味しい。
基本情報
■ 営業時間(完全予約制)
昼の部:12時、12時30、13時
夜の部:18時、18時30、19時
■ 定休日
不定休
■ 駐車場
あり
■ 所在地
〒259-0201 神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1200−18